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競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

難しさ

難しさには2種類あると考えている。すなわち、100回やって1回成功するかどうか分からないような難しさと、1回やる分には簡単でも、100回連続で成功するかどうか分からないような難しさである。例えるなら、前者が体操競技の大技で、後者がゴミ箱への投擲といった感じだろうか。どちらも難しいという表現を使うものの、その質は大いに違ってくる。

 

シューティングゲームはあまり得意ではないのだが、家庭用グラディウスシリーズの1~3に関しては、家にゲームがあったためよく遊んでいた。どれも、最後に戦うボスはあまり強くない。ラスボスはゲーム内で一番手強いものだと考えていた当時の自分にとっては新鮮であった。ストーリーの都合による設定なのかもしれないが、ボスの撃破というよりも道中の敵キャラをいかに捌くかというところにゲームの難しさが設計されているように思えた。

 

個人的には、小さな課題を連続でこなす方の挑戦が好みである。1回こなす程度であれば自分でも十分できるとくれば、何となく可能性があるような気がしてくる。階段の段差が大きすぎれば2階にすら登れないのと同じで、1段1段が自分にとって適切なものでなければ進めるものも進めない。とっかかりも進展もなさそうな難しさでは、すぐに心が折れてしまう。

 

連続でこなす方の難しさとは、心の問題であるように思う。緊張したり、飽きたりして、本来の能力を発揮できなくなってしまえば、それが失敗に結び付くことになる。自分の心と向き合う、自分との闘いという構図が強調されるようで面白い。のこりわずかで達成という場面で味わえる緊張感は格別である。失敗して当たり前の挑戦と違って、普段の自分ならできるということが、かえって緊張を生む。どんな些細なことであっても、状況が変わればこなすのは難しく感じられる。心の平静を保つことができずに失敗するたびに、百里を行く者は九十を半ばとすという故事が思い起こされる。

 

何か自分がやらなければいけない課題の類も、同じように考えてこなせれば良いなと思う。細かい粒度に砕いて地道にこなし続けていけば、手の付けようがない大きい課題にも道が開けてきそうである。それができれば苦労しないのだが。