I'm pleasewait

競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

思ったことを言う

褒められることに慣れていない。どのように反応していいのか分からなくなる。そんなことはないと謙遜すると、相手の好意を無下にしたような気がするし、素直に喜ぶと傲慢な気もする。ありがとうございますと感謝するだけでもそっけない。自分の振る舞いによって相手が何を思うか、ということに対して過敏になっているのかもしれない。そんなことをぐるぐると考えている内に場は流れうやむやになる。まともな応対ができずに失礼なことをしたと、結局後悔することになる。

 

相手の期待に添えるような答えをしようと思うばかりに、自分で自分を縛りあげて身動きを取れなくしてしまう。そこまで他人の顔色をうかがう理由は何なのだろう。自己評価が低いから、相手に見捨てられまいとして無意識の内に思考を働かせているということだろうか。誰かを害したり傷つけたりしたくないという良心が、過度な自制をもたらしているようにも思う。臆病な良心と言った方がいいのかもしれない。

 

本当のところは、自分を傷つけたくないばかりにそうしているのだろう。他者との関わりに失敗する自分を見たくないから、必死にリスクを避けようとしている。一期一会で二度と会うかどうか分からないような人とのやり取りにおいては、良い人という印象を与えることができても、長い間関わり続けるような人とのやり取りにおいては、なかなか心を開いてくれない人という印象を与えてしまう。二度と会いそうにないという前提があって初めて、失敗してもこれっきりだと割り切って話をすることができる。旅の恥は掻き捨てということであろう。情けない話だが、そういう逃げ道がなければ思うようにいかないようだ。

 

大抵の会話は適当である。昨日友人とどんな会話をしたかなんて、覚えている人はいるのだろうか。調べたわけではないので確かなことは言えない。ただ、少なくとも、自分は覚えていない。よほど特別な内容だったらまだしも、雑談の仔細まで把握はしていない。話の内容ではなく、楽しく会話できたということだけが記憶に残る。そんな程度のものなのだ。何を気負う必要があるのだろう。喋ればいいのに。喋ってしまえば楽になるのに。

 

嬉しいことを嬉しいと言う。辛いことを辛いという。他者の目を気にするあまり、そんなことですら自分には縁遠い行為になってしまった。まずは自分の感情に向き合い、言語化し、口に出してみることから始めると良いのかもしれない。