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競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

秋葉原の絵画売り

それは以前、秋葉原を歩いていた雨の日のことである。ヘッドセットやマウスなど、ゲーミングデバイスを触るためにやってきたのだ。通販で済ませても良いのだが、実際に見て触ってから決めるとしっくりくる。もしかすると、まだ知らない優良なデバイスに出会えるかもしれない。そんな期待を抱きながら、店舗まで歩く。秋葉原はあまり詳しくなく、どこに何があるのか頭に入っていなかったので、スマホで地図を確認しつつ店を巡っていた。

 

とある店先にて、チケットのようなものを配っているお姉さんが立っていた。おそらく、ティッシュ配りの類だろう。何の気なしに受け取って、そのまま歩いていこうとした。すると、声をかけられた。曰く、ここで絵を展示をしていて、見ていって欲しいという。用事はすでに済んでいて、他に予定もなかったので、やぶさかではない。こういう偶然というのも、何かの縁として楽しめるかもしれない。お姉さんの呼びかけに応じて、店内についていくことにした。

 

1階には受付とグッズ置き場があった。グッズ置き場には、眼鏡拭きやポストカード、アクセサリーや小物などが並んでいる。なんらかの絵画にまつわる絵柄を取り入れたものが多かった。奥の方に、2階へ通じる階段があった。お姉さんの案内によると、絵は2階で展示しているらしい。

 

店先で渡されたチケットのようなものは、店に入るとお姉さんにすぐ回収された。お姉さんは受付に入ると、名簿のようなものを取り出し、記入を促してきた。名簿には、名前、住所、電話番号、年齢、職業の記入欄があった。どうしても書かなければいけないのかと確認を取ると、はい、お願いしますという。

 

どうやら、自分は善良な人間ではないらしい。自然と、偽名を書く発想が浮かんだ。この後の展開は予想できる。いわゆる、キャッチセールスである。話にしか聞いたことのなかったものが、いま眼前に展開されようとしている。冒険心とでも言えばいいのか、恐れと高揚を一緒に抱くような心地になった。

 

偽の名前だけ書いて済まそうとすると、住所もお願いします、と促された。適当な住所を書こうにも、住所に詳しくなく、それらしきものをすぐに書くことができない。そこで、名簿の1つ上の段に書いてあった先客の住所を流用して、番地だけ適当に差し替えることにした。不自然極まりなく、追及されたらそれまでかと不安であったが、お姉さんはにこやかにこちらの様子を見守っている。気づいていないのだろうか。あるいは、偽の個人情報を使われることなど、最初から想定済みで、金だけ落としてくれればそれでいいというスタンスで、笑顔をキープしているのだろうか。想像は恐怖を掻き立てる。あまり考えないようにして、名簿の記入を済ませた。

 

お姉さんに先導され、2階に足を踏み入れる。壁に様々な絵が掛けられているフロアだった。どうぞ見てまわってくださいと勧められ、順番に眺めていく。自分には、絵画の教養がない。お姉さんが1つ1つの絵を解説してくれるものの、どれが誰の絵だという話を聞いてもピンとこない。たしかに、素人目に見ても、それなりに綺麗な絵であった。額縁の隅に貼られた小さな値札には、数十万という値段が見える。それだけあればハイスペックなPCが組める。綺麗ではあるが、そこまでして欲しいとは思えない。絵画に興味があるならまだしも、自分には縁がないらしい。

 

フロアを1周した後、お姉さんはどの絵が1番心に残ったかと尋ねてきた。素直に絵画への興味に従って1つの絵を選択すると、これはお目が高いといわんばかりに、その絵がいかに特別なものかを解説し始めたのであった。曰く、この絵は本来見せるはずではなかった、なぜかスタッフの手違いでフロアに見える形で置いてあった、数ある絵の中からこれを選ぶとはさすが、これは何か縁を感じる、云々。まるで、自分がRPGの主人公になったかのような運命的ストーリーであった。その程度の話をごもっともそうな顔で振ってくる相手にも、それを額面通り信じることができない汚れ切った心を抱いている自分にも、嫌気が差した。その後もひたすら、その絵の作者や製法の希少性に関して解説が続く。きっと、どの絵を選んでも、これだけ語れるように準備しているのだろう。やろうと思ってもなかなかできることではない。どうしてそのスキルや情熱を、まっとうな方向に活かすことができないのだろう。惜しいような、悔しいような思いを抱くのであった。

 

解説を終えると、とにかく見てくださいと、絵の正面に座らされる。この、見てください、というキーワードは店先で出会った頃から一貫して使用されているように思えた。おそらく、見るだけなら、という妥協を引き出し、交渉へ引き込むための立ち回りなのだろう。お姉さんはフロアの照明を落とし、絵にあてる別の照明を持ってきて、その角度を調整してみせた。照明が違うと、絵の見え方も違ってくるという。頼んだわけでもないのに大げさなように思えたが、いろいろと労力を費やすアピールをすることで、わざわざここまでしてくれたのだからと、後の交渉を断りづらくさせる狙いもあるように見えた。照明を変えると、たしかにその絵は美しくなった。絵自体の美しさと、その絵の前で繰り広げられている妙な駆け引きとの対比に、世の虚しさを感じずにはいられなかった。 

 

話は、いつの間にか自分に関する個人的なものに移っていた。部屋の広さ、携わっている仕事、絵を持ったことがあるかどうか、金銭的な余裕など。すべて偽りの話で応じた。一応、設定の整合性には注意していたのだが、受付での名簿と同様、相手はあまり気にしていないようにも見えた。要するに、どの話題も同様に、この絵を買ってみてはどうかという方向へ流れた。数十万する絵である。見て楽しむならまだしも、そこまでお金を投じて所持することに、さしたる魅力を感じなかった。本当に絵が好きで興味があるなら買えば良いと思うが、自分にはそれがなかった。そういう旨を伝えて断りを入れると、あの手この手で食い下がられる。高い絵だからこそ所持してみると世界が違って見えるとか、手元にお金がなくてもローンでの支払いが安くなっているとか、絵の世界に興味をもっていただくのが私の使命だとか、もう1度で良いのでよく見て下さいと再び照明を落としにいくなど。いよいよ、という感じがした。

 

のらりくらりと断り続けていると、興味深い話に触れてきた。そのお姉さんは、以前は別の会社に勤めていたのだが、その企業は強引な絵の売り方によって解体させられてしまったという。その会社の有志を募って新しく店を始めたのが今の店で、悪いやり方によってではなく、絵の良さを分かってもらうという理念があるそうだ。ネットでは悪口が書かれているものの、今はそんなことはないという。なるほど。

 

では、眼前で繰り広げられているこれは何なのだろうか。自分が猜疑心の強い陰湿な人間だからこそ、すべてが疑わしく見えてしまうのだろうか。お姉さんは純然たる絵への愛ゆえに熱心に語り込んでいるだけで、強引なやり方になってしまったのは、そういうやり方しか知らなかったがゆえの悲劇ということなのだろうか。自分は、絵に対して熱心に向き合うお姉さんを裏切ってしまっているのだろうか。考えうる好意的な解釈はそんなところであろう。どのように考えたところで、人の良心に付け込んだ強引な手法と評されるのが関の山にも思える。

 

さすがに喋り疲れたのか、お姉さんは少し席を外した。腕時計を見ると、店に入ってから2時間ほど経過していたように記憶している。その間、後輩と思しきお姉さんがやってきて、その絵のすばらしさと今回の奇跡を、先輩と同様に語ってみせた。お姉さんが戻ってからも、先述のような調子で同じようなやり取りを延々と繰り返す形になった。

 

その後も長々と断り続けて、さすがに見込みがないと思われたのか、1階で何かグッズを見ていってくださいと打診される。これが潮時と判断して応じ、1階へとついていった。別に欲しいわけではなかったが、数千円相当の眼鏡拭きやポストカードを購入することになった。ここまで偉そうに書いておきながら、そういう手法だと分かっておきながら、結局根負けしてしまったのだった。数十万に比べれば現実的ではあるものの、強引な手法に屈してこの手の店に収益を与え、その存続に貢献してしまったことを考えると、詐欺の片棒を担いでしまったような悔しさがある。怖いお兄さんに囲まれて身体を害されることなく済んで良かったと考えるべきだろうか。

 

お姉さんは、店先まで見送りに来てくれた。このお姉さんは、なぜこのような仕事をしなければならなくなってしまったのだろうか。他人の人生など、自分がどう考えたところでどうしようもないのだが、それでも、考えずにはいられない。この笑顔も、あの熱意も、すべては虚構だったのだろうか。何とも言えない虚しさを抱きつつ、町を後にした。