I'm pleasewait

競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

雨の日

窓の外に見える駐輪場所のトタン屋根が雨音を奏でている。窓を少し開けると、パソコンの熱でこもった暑苦しい部屋に冷たく澄んだ空気が流れ込んでくる。ありがたい。クーラーのないこの部屋を、自然が代わりに冷ましてくれる。扇風機はあるものの、蒸し暑い空気をかき混ぜたところで仕方がない。

 

昔は雨の日が好きだった。雨が降って、空が雲で覆われていて、色彩が1段階暗くなったような町の風景が好きだった。単なる雨の日だけれども、何か特別な日を過ごしているような気持ちになれた。同じ朝でも、急かされることのない、のんびりとした空気に感じられた。町の喧騒を、雨音が打ち消してくれるからなのかもしれない。

 

昔は、という言葉をわざわざつけたように、今はあまりそうでもない。もともと外出は億劫なのに、雨が降っているとさらに足が遠のく。傘をさして歩く分、手荷物が増えて厄介だ。建物に入るたびに開閉したり収納したりするのも面倒臭い。かといって、雨合羽を着るのも大げさな気がしてしまう。もっと、地下道や屋根のある道が増えれば良いのにとさえ思う。

 

なぜつまらなく感じるようになったのだろう。心に余裕がなくなったのだろうか。日々を過ごしていくうちに、目新しさがなくなって、よくある雨の日として認識するようになったからだろうか。そうなると、雨によって手間が増えるという、実利に関わる部分が浮き彫りになってくる。晴れていたからといって何をするわけでもないが、何となく損をしたような気分になる。

 

旅行先では、案外楽しめる。雨の日の景色を見れたという、前向きな発想でいられる。雨の日にまつわる歴史を持った場所を訪れたなら、むしろ良い天気だとさえ思える。しかし、自宅近辺のようなすっかり慣れ切った場所においては、その考え方は活かせないらしい。慣れると退屈なのだろう。

 

同じ理由で、雪が降る日も億劫に感じるのであった。昔はあんなに新鮮で、雪景色を眺めるだけで楽しくなったのに。今では単なる障害物でしかない。そんな風に感じてしまう。もしかすると、これが老いるということなのかもしれない。少し寂しいような気もする。