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競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

「最終更新日時」のロマン

自分は、日記をつける方ではなかった。日々の出来事や思いを書き残そうとしても、次第に億劫になってやめてしまう。昔を振り返って懐かしもうと思っても、残っているのは卒業アルバムのような、人生の節目で誰かから貰うものばかりだ。家にいて何をやっていたか、なんてことを思い出すには向かない。

 

しかし、そんな自分にも昔の日々を思い起こさせてくれる存在があった。ゲームのセーブデータである。家にいるときは、ほとんどゲームをして過ごしていたような気がする。その名残が、セーブデータとして今もなお現存している。

 

思い返せば、プレステのゲームをよく遊んでいた時期があった。メモリーカードの容量が限られているので、新しく買ったゲームの保存が間に合わないときには、管理画面から不要なデータを吟味して削除したりする。そんなとき、セーブデータの最終更新日時が目に入る。普段あまり意識しないような些細な情報。それでも、何か感慨深い。

 

最終更新日時は、単に日時を指し示しているに過ぎない。しかし、その頃自分が何をしていたのかを教えてくれる。8月で途絶えたデータは、きっと夏休みにプレイしていたのだろう。時刻が深夜ということは、夜更かししてまで遊ぶほど入れ込んでいたということだろう。能力を鍛えたり、所持金を稼いだり。ゲームを遊んでいた頃の情景がよみがえる。

 

きっと、それがそのゲームにおける最後のプレイになるなんて、そのときは思ってもみなかったに違いない。いつも通りにゲームを進めて、次はどの城を攻め落とそうかなんて思案しながら、セーブ画面を開く。いつもと同じ操作。単に飽きてしまったのか。別のゲームにハマってしまったのか。あるいは、ゲーム以外のやることができてしまったのか。日常の営みにひっそりと終わりがやってくる。

 

ゲームのセーブデータに限らず、いろいろなものが最終更新日時を持っている。何かのアプリかもしれないし、サービスかもしれない。単なる日時情報に過ぎないけれども、本のしおりのように、それを足がかりにして様々な思い出を引き出すことができる。日記に残さなくとも、自分が今までに辿った足跡をちゃんと覚えていてくれる。最終更新日時を眺めながら、過去の自分に思いを馳せてみるのも、たまにはいいかもしれない。