I'm pleasewait

競技エイミング・FPS/TPS ゲームに関することや取り留めの無い日記など

砂時計

砂時計が欲しくなった。きっかけは、とある温泉のサウナに備え付けられていた砂時計だった。それを見ていると、普段なら暑さに音を上げてさっさとサウナから出てしまうところであっても、もう少し頑張ろうと粘ることができる。もしかすると、砂が落ちていく様子を眺めることで、目標に向かって物事が進んでいるという実感を得て、脳内麻薬が分泌され、暑さによる苦痛が和らいでいるのかもしれない。砂時計にそんな効用があるとは思わぬ発見であった。

 

これは、日常生活でも活用できるかもしれない。自分は何事も億劫になりがちで、行動に移すまでの踏ん切りがなかなかつかない性分である。しかし、砂時計を使ってこの時間だけは頑張ると心に決めれば、よりいろいろなことをこなせるのではなかろうか。機能だけでなく、インテリアとしてもおしゃれかもしれない。

 

砂時計はどこで買えるのだろう。やはり時計屋なのだろうか。あまり想像がつかなかったので、百貨店やデパートなど、幅広く商品を取り扱っていそうなところに赴くことにした。今まで、そういうところに買い物に行くことはそれほどなかった。何か欲しいものがあっても、ネット経由で済ますことが多い。ただ、砂時計に関しては、直接手に取って大きさやデザインを確認した方が良いように思えた。歩いて運動する機会にもなるだろう。

 

すでに午後3時は過ぎようかとしていた頃であったが、外は明るく、薄手で十分なほどの暑さであった。5月は夏なのだろうか。年々、夏が広がっているような気さえしてくる。出かけるのに快適な時期は短い。

 

電車に乗って、店のある町まで移動する。特に何をするわけでもなく、ボーっとしていた。今までは寝て過ごすことも多かったのだが、近頃旅行する機会が多かったためか、寝る間を惜しんで風景を眺めるようになっていた。しばらくすると、隣に座っている人が何か本を読み始める姿が目に入ってくる。自分より一回り以上は年下であろうというのに、殊勝なことである。影響されて、自分も何か読むことにした。そんなことで張り合っているようで、なんだかちょっと情けない。ただ、理由はどうあれ、本に向かう決心がついたのだから、それはそれで良いのかもしれない。動機は不純で良い。

 

町に着き、百貨店やデパートを歩き回る。意外にも、砂時計はなかなか見つからない。後になって分かることだが、砂時計は調理器具に分類されるらしい。すなわち、キッチンタイマーである。道理で、時計コーナーを探しても見当たらないわけだ。時計の亜種という先入観に囚われていた。砂時計では現在時刻が分からないのだから、時計コーナーから追い出されても仕方がないのかもしれない。

 

ただ、歩き回ることで、買い物という楽しみが分かってきたような気がする。店を巡っていると、様々な商品を目にする。その多くは、自分にとってあまり関係がなかったり、不要であったりする。しかし、そうやって見て回ったものは、後々まで選択肢として残り続ける。大げさにいえば、世界が広がる。今は無関係でも、友達にプレゼントを選んだり、自分の生活を改善したりする際に、そういえばあんなものがあったなと思い返すことができる。知らなければ比較も検討もできない。町に出向いての買い物は、単に欲しいものを得るだけでなく、ものを知る機会をもたらす。世の中には、いろいろなものがあって楽しい。それは、探検に似た楽しさなのかもしれない。刺激的である。なるほど、買い物が趣味として成り立つわけだ。

 

歩き回っている内に、砂時計は見つかった。すぐには買わず、他の店でも見てみることにした。それ単体で良し悪しを判断するのは難しい。初めは2・3店舗回って済ますつもりが、せっかくここまで来たのだからと膨れ上がり、いろいろなところを巡った。比較的身近な場所ではあったが、まるで旅行にきて散策しているかような気分になった。気がつけば、足が痛くなるほどの時間を費やしてしまい、閉店間際まで押し迫ってしまった。ギリギリではあったが、最後には無事、砂時計を入手することができた。

 

今は、PCデスクの脇に置いてある。落ち着いた木目の枠に支えられた、砂鉄による、黒い色をした砂時計。なかなかよい。部屋の景観が引き締まって良くなったようにも見える。実際に、この文章を砂時計をひっくり返してから書いているが、注意散漫することなく書き進めることができていたように思う。砂が落ち切っても作業は終わらずそのまま続行してしまうため、本来の用途ではない気もするが、一種のやる気スイッチとして利用していければ良いなと思う。